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Author:sk
法律を勉強中。たまに詩を書いたりもする(筆名「広田修」)。哲学が好き。
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Albatros BLOG
日々の雑記。現代詩の話や哲学の話。文学や音楽、美術、芸術一般の話。ただただ書き捨てていくだけ。
夢の話
 今朝、夢の中で初恋の人と出会った。何かの集まりで、私は彼女のもとに行き、彼女は段差を降りて私と連れ添って歩き始めた。だが、特に何を話すわけでもなくそこで夢は終わった。私は彼女に会ったとき、さわやかな恋愛の感情を抱いた。最も幸福な夢は、このような歓喜の伴う夢である。

 彼女は小中の同級生で、背が小さく痩せていて、小動物系の愛くるしい容貌をしていた。運動神経がよく控え目で、同性からも異性からも好かれていた。そして、私のことを好いていた。私はおとなしかったが万能の優等生で、誰からも文句はつけられなかった。私は彼女を好いているがゆえに、彼女から離れようとした。恋ゆえに近寄れなかった。お互いにそうだった。幼さゆえである。だから、結局お互いにろくに話したこともなく、中学卒業と同時に全く接点がなくなった。

 彼女はおそらく現在では、平凡な家庭を築いて平凡な幸せに包まれているのだろう。この歳になってみると、彼女に無性に会いたくなってくる。そして、じっくり話をしてみたい。彼女がどんな人生を歩み、どんな女性になったのか。それを確かめてみたい。そして、昔自分が彼女に恋をしていたことを、その残滓が今も残っていることを、彼女自身に伝えたい。
遊び
 「研究者には遊びが必要です」、指導教官に言われた言葉だ。この言葉の意味が最近になってようやくわかった。

 「遊び」とは、自分で自分に課した義務から自分を解放することだ。他人から課された義務は、現代社会ではそんなに個人にしがみつかない。働いていても、休日には解放される。それに対して、自分に対する義務は、皮膚の内側までしみこんでいる粘着質で美しい闇だ。

 例えば、自分は成長しなければいけないとか、自分は発見しなければいけないとか、自分は社会を憎まなければいけないとか、そういう自分に対する義務がたくさんあり、これは意識的にしか自分から引き剥がすことはできないのだ。

 これらの義務は、一つの根から生え出、いくつにも分枝していった先にあるものであり、根元から引き抜けば一斉に羽ばたき飛び立っていく。そのとき私自身も羽ばたくが、せいぜい地面からわずかに浮く程度であり、あとは自分の存在が何か甘い液体で希釈されていくような愉悦を感じる。

 この愉悦こそが「遊び」である。別に酒を飲み歩く必要はない。ただ短い時間自分をあらゆる義務から解放させることが「遊び」の本質なのである。教官の言葉は、教官自身の実感から発されたものだろう。教官もまた研究において心理的に追い詰められた時があり、私と同じような気づきを経て今に至るのだろう。
詩の観測
 毎日、テレビを見ているとその日の最高気温と最低気温が伝えられる。このような観測を詩についても出来ないだろうか。

 例えば、一編の詩を持ってきて、詩行を単位にして、「最高レトリック度は40、最低レトリック度は20」という風に観測する。同じように、一編の詩について、「最高漢字使用率は60%、最低漢字使用率は0%」という風に観測する。同じように、語感の柔らかさやイメージの強さ、論理性、感性の鋭さなど、詩を特徴づける様々な性質を計量化して観測していく。

 詩の観測によって何がわかるかというと、自分が詩について抱いた印象の根拠である。印象というものは主観的なものだと思われているし、実際主観的だが、それをなるべく客観化する試みとして、詩の観測という方法があるのではないだろうか。「この詩の最低イメージ力は高いし、最高イメージ力も高い。だからこんなにも強く記憶に残ったんだ。」こういうことが言えるようになる。

 もちろん、観測自体が主観的なのだから、印象の根拠を完全に客観的に解明することはできないし、そもそも客観主義批評には反感が根強いのだが、自分の印象をより説得的に相手に伝えるための一つの手段として詩の観測という方法は使えると思う。
描写
 私の部屋は玄関から一番遠いところにある。玄関から伸びた対角線の向う先にある。だから、親たちが私に声をかけるには、私の部屋に通ずる北側の部屋から、西側に声を出さなければならない。私の部屋は北西にあり、もともとは通路だった所を部屋にしたものである。私の部屋から東に向かって細長い通路が三つに区切られて、特に仕切りもなく部屋にされている。その元通路の一番東から私の部屋まで声をかけるのである。

 そこから父が、「ちょっとでかけてくるからな」と声をかけてきた。私は「はい」と中途半端に大きな声を出した。なんの感銘も惹起せず、何とも関係性を構築せず、せいぜい私の記憶の下のほうにかろうじてぶら下がっていずれは落ちてしまう「日常」というもの、その切れ端だとはじめは思った。

 だが、その「日常」が記憶の糸をするすると登ってきて、さまざまな観念と関係性の手を伸ばし始め、感銘を生み出しそうになった。私は人生の何か暗いものにつまずき、そこで父の発言の意味がわかったのである。

 母がいるとき、出かける前に父はたいてい何事かを母としゃべっていく。そこで自分の孤独を「家庭」という保護物で包んでいくのである。家庭から出るとき、「家庭」の補充は父には欠かせないのである。「家庭」がすりへり全くなくなってしまったという経験を、恐らく父はしていない。出かけて保護物たる「家庭」がある程度摩耗しても、たいていはすぐに帰宅して「家庭」を補充する。

 今日父が出かけるとき、母はいなかった。そこで、父は母の代わりに「家庭」を補充する者として私を必要とし、私に声をかけたのである。父は孤独に慣れていない。真の孤独を味わったことがない。彼の孤独は常に「家庭」の存在によって保護されていた。そこが私と決定的に異なるところだ。
晩年
 晩年が始まった。私には人生に二つの時代しかなかった。少年時代と晩年である。この二つを区切る幅のない線分が私の青春である。青春ははじめ一定の幅を持っていたが、そして「自分は今そこにいる」と思っていたが、今となってはここまで圧縮されてしまった。だがこの晩年というものも、実は仮面をかぶった少年時代に他ならない。

 少年時代には永遠の反抗があった。私は教師に反抗し、絶対的真理に反抗し、社会や道徳に反抗し、自分の信じる生産・成長という価値に反抗し、自己正当化に反抗した。そして、すべてを失った虚無にすら反抗した。すべての価値を失い希望を失ったとき、晩年が始まった。それは永遠の相に固定化された少年時代に他ならない。

 晩年において、私はいかに仮定的な価値を信じていくかを考えるようになった。いかに仮定的な希望を持ち続けることができるかを考えるようになった。あらゆるものが仮定的になった時代、それが晩年である。

 晩年において、あらゆる形象は疑わしく、あらゆる官能は陰りを帯びる。晩年は世界を一変させる。世界の事物はとてももろくて、触れたときの抵抗は実体化した死でしかない。世界は深さを失う。深淵など存在しなくて、あらゆるものに手が届いてしまう。すべて真摯なものは礼儀に代わる。私はもはや真剣に学問を追求するわけではない。学問の追究は、ただ学問に対して礼儀を尽くしているだけである。実体は方法と化し、方法が実体と化す。晩年の始まりだ。
庶民
 世の中では庶民と非庶民が区別されている感じがするが、庶民と非庶民はそんなにちがうのだろうか。非庶民として知的エリートとかブルジョワとか芸術家なんかがいて、彼らは知性や財力や感性において庶民より優れているとされる。だが、非庶民と庶民の共通性と相違性を挙げていったら、圧倒的に共通性のほうが多いと思う。たとえば非庶民でも常識のある人間のほうが多いだろう。特に法曹なんかは知的エリートではあるが常識の専門家だ。

 問題なのは非庶民が勝手に優越感を抱いて庶民を見下すことである。そして、庶民の側でも非庶民を自分たちとは違うものとして排除することである。非庶民は優越感だけではなく劣等感も抱かなければならないし、庶民は排除の楽しみをやめるべきだと私は思う。

 私はどこかで自分が非庶民だと思っていたが、実際は「個性のある庶民」にすぎない。非庶民であることに自尊心や劣等感や恥じらいややりきれなさや要するに心的複合体を持っていたが、それは実はそれほど存在意義がないのではないか。ただ、いくら非庶民の側から庶民に歩み寄っていっても、庶民の側から拒絶されたのでは元も子もない。庶民は排除が悪だということに気付いたほうがよいと思う。
Syrup16gについて
 一口に「代弁者」といっても多義的である。とりあえずここでは二種類の代弁者を区別する。(1)ひとつは、凡百のポップス歌手のように、多くの人が共感することを歌うことによって、せいぜい聴き手の発言の手間を省く程度の者である。(2)もうひとつは、社会規範に逆らうことによって、聴き手が表立っては言えないことを代弁し、聴き手の隠された部分を代弁する者である。Syrup16gは後者(2)の代弁者であろう。

 「進化や調和や交友や繁栄なんか嫌いだ」、こんな言葉は社会生活では滅多に吐けない。まず、そういう内面的なことを吐露することを社会が許さないという外的な圧力があるし、さらに、そのようなことをしゃべることで自分がネガティブあるいは偽悪的な人間だと思われたくないという内的な制約もある。

 それでも実際はそういう風に思っている部分がある、という人はたくさんいるはずだ。そういう人は、本当は「俺も進化なんか嫌いだ」と言いたいのだが言えない、というもどかしさを抱えながら生きていかなければならない。その欲求不満を解消してくれるのがSyrup16gだ。言いたいのだが外的・内的圧力から言えない、そのようなことを代弁してくれるのだ。そのカタルシスこそ彼らの果たす重要な機能だ。

 ポップスは本音を語っているようで実は建前を語っている。公認された本音を語っているにすぎない。そして公認された共感を得るのだ。それに対してSyrup16gは本音を語っているようで本当に本音を語っている。公認されない本音を語り、公認されない共感を得るのだ。我々の代わりに規範を破ってくれるという意味での真の代弁者、それが彼らだ。
描写
 物置の引き戸を開けて中に入る。この引き戸は何か弾力的なものに阻まれていて途中までしか開ける事が出来ない。だが、それだけの隙間でも自転車はかろうじて通るので役目は果たせている。私は自転車を後ろ向きのまま外に出し、向きを変えて上に乗り出発する。タイヤが地面と擦れる音が気になり、空気が足りないのではないかという軽い不安に襲われる。だが、砂利の上をも小気味よく弾力的に進んでいくので空気はまだあると思い込むことにする。

 公道へと向かう砂利道に沿って進み、桜並木を抜けると、右側に道に沿ってブロック塀がある。塀の上に家屋の上部が見える。その家の庭の木が紅葉していた。赤くてわずかに黒くなり、張りを保ったまま落葉する。その様子を見て、私は桃の木の落葉の仕方を思い出した。桃の葉は紅葉しない。緑のまま落ちるのだが、落ちる前に張りを失いしなびてしまう。私は人間の死に際のことを思った。その家の庭の木の葉のように、年相応に色を変えていきながらも、最後ははつらつと散っていくか。桃の木の葉のように、いつまでも若い外見を保ちながらも、最後は消耗して散っていくか。私は紅葉してもはつらつと散るほうに魅力を感じたが、実際は自分はいつまでも青臭い議論をしながら、最後は消耗してみっともなく散って行くんだろうと思った。死を考えるときの軽い自尊心と、わずかな苦しみを伴った淡い感傷が私を包んだ。

 「ブラックジャック」を一話ずつ読んでは本を閉じ、床に投げつける。そっと床に置くことができない。投げつけないではいられない。これだけの短いページ数の中に、強度のある事件がたくさん起きる、そのことによって人生が軽く扱われていることに苛立ちを感じるのだ。さらに、そのように描かれたことに自分が感じ入ってしまったり、手塚の人生に対する深い理解に感じ入ってしまったりする、そういう自分の安っぽさにいらだつ。ふと、鑑賞者を苛立たせることによって成立する芸術作品の可能性なんかを考えてしまう。ひたすら苛立たせることに純化した作品というものを見てみたい。
4年
 このブログも書き始めて4年がたつ。初めのころの記事を読むと本当につまらない。自分に腹が立ってくる。ブログは私の一部分であり、それも結構傷つきやすい一部分だ。果物で言ったら皮ではなく果肉の部分だ。自分のどういう部分をブログという形式に押し込めるのかが変わったという面もあると同時に、自分自身が変わったという面もある。だから、ブログに押し込める自分の部分を間違っていたことに対する腹立ちと、自分が未熟だったことに対する腹立ちと、二重の腹立ちに襲われるのだ。最近は何かの感銘やひらめきがあったときくらいしか記事を書かない。それでも、自分では楽しがっていても読んでいる人にはつまらないのかなあと思ったりする。

 ブログを書き始めたときも浪人だった。law school時代をはさんで、また浪人に戻った。だが、以前の浪人時代と今の浪人時代では、年齢が違う。この二つの浪人時代のはざまに非常に多くのことに気づいてしまった。何よりも、自分は気付き続けなければいけないということに気づいてしまった。気づき続け作り続け知り続けることは、自分にとっては生理的に疑いえない価値だということに気づいてしまった。ブログを書くときに消費する酸素分子の量でも考えながらとりあえずは語るのをやめよう。
自分の定義
 疲れて布団にくるまっていたら、「俺はいったい何者なんだろう?」という疑問がわいてきた。低迷する感情を低迷させたまま、それでも何かの原石を見つけ出したような気がした。原石は少しずつ自動的に磨かれていったが、出来上がったものが宝石かどうかを鑑識する目が私にはなかった。

 <私>は固有名だから、サールにならって記述の束で定義すればいい。「私は19XX年に生まれた。」とか「私は19XX年に成人になった」とか「私は男である」とか。自分の過去や現在を相当数集めてくれば、それが私の定義になる。

 だが、私が感じたのは、そのようにして私が定義されることに対する拒絶感である。確かにネガティブな出来事で自分を定義したくないのはわかる。だが、「私は大学に合格した」とかポジティブな出来事でも自分のことを定義したくはないのである。

 私は、自分については過去も未来も空白であってほしい。現在は残るといわれるかもしれないが、現在ですら空白であってほしい。私が要求する私の定義は、「私とは無である」、どうやらこれのようだ。