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| 母との会話 |
昨夜から降り続ける雪は一向に止まず、積雪は20cmほどになった。雪片は大気の流れを敏感に感じ取り、微妙に軌道をずらしながらも重力に従って落ちていった。ときたま強風が吹くと、積雪の表面から雪の粉が飛ばされ、煙か湯気のようになってすぐ消えた。
父は旅行に出かけていた。母は畑に出ることもできず、家の中で私と「一服」をしていた。珍しく母には自由になる時間があった。そして父の介入もなかった。そこで私と母は一種の親密な空気にとらわれ、私は話を始めた。普段話さないことなので少し勇気が要った。だがその勇気に私は慣れていた。
「お母さんは寂しいって感じたことある?」 「ない。」 「そっかあ、いつも誰かと一緒にいたんだね。」 「あ、でも、会社の寮にいたころ、長い休みでみんな実家に帰っちゃったとき、一人だけ寮に残ったことはあったね。外ですごい風が吹いててさ。独りぼっちだって思った。そのとき着ていた服も覚えてるよ。服の柄まで。」 「それが寂しいってことだよ。どんな服着てたの?」 「自分で作ったワンピースだったんだけど。」
「お母さんはこれまでで一番嬉しかったことって何?」 「なんだろう、skは何? おまえがT大に入ったことかな。あと(妹の名)が生まれたこと。」 「女の子だったから。」 「うん。」
「そういえば訊きたかったんだけど、子供を産むときってどんな感じなの?」 「お母さんのおばあさんが言ってたらしいんだけど、すごく大きくてかたいうんちをするみたいな感じ。いい表現だなあって思って。」 「痛みとかはないの?」 「お母さん我慢する方じゃない。だから、看護婦さんに、もっと痛そうにしろって言われた。誰のときかは忘れたけど、晩御飯が食べられなくて、産んでから晩御飯くださいと言ったことを覚えてる。すべて食べ物と結びついてるね。」
ほかにもいろいろ1時間くらいしゃべった。だが私が一番ききたかったのは、この三つの事項だった。この三つを訊きさえすれば、母親の物語の重要な部分は、私の中に残され、母が死んでも私の中に残り続け、私とともに生き続けるだろうと思った。
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| 消える |
ある詩人が、詩において作者など消えた方がいい、とHPに書いていた。彼は実際、ある時から音信不通になった。今になってその音信不通の意味がやっとわかった。彼は消えたかったのだ、と。
だが、私は単純に消えるわけにはいかない。確かに私は自己評価が低くて、自分など消えてしまってもかまわないと思っているが、自分が消えることが同時に自分が逃げることになる、そういう事態は避けたいと思っている。私と向き合うものが存在する以上、それから逃げないために、それに対して誠実であるために、私は消えることなく存在し続けなければならない。
最近自分がものを書くことの意味が分かってきた。それは結局自分を消し続けているのではないか、と。確かに表現するということは自己主張するということではあるが、同時に自分の中から表現されたものを消し去ることでもある。表現することによって、表現された自己の特定の部分は消えていく。表現された部分は自分の中から外に投げ捨てられるからだ。
自分というものはどんどん増えていくものだ。経験するし思考するし感情を抱くし記憶に残るし。それを少しずつ減らしていく、少しずつ消していく、それによって自己の量を一定に保ち、場合によっては自己の量を極限にまで減らす。それが表現するということのような気がする。
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| 代理 |
シューマンの交響曲第1番を聴いていて、音楽とは、人間の義務の履行を無償で代理してくれるものだと思った。
人間は特定の状況で特定の感情を抱く。プレゼントをもらったら嬉しくなるとか。プレゼントをもらったとき、人間は嬉しくなることを生理的に義務付けられているのである。同じように、人間は特定の状況で思考する。限られた予算でいったい何を買おうなど。そういうとき、人間は思考するように生理的に義務付けられている。さらに、人間は自分の行動について、自ら義務付けたり他人から義務付けられたりする。夜は歯を磨かなければいけない。約束は守らなければいけない。
音楽を聴いているとき、人間はこれらすべての義務から解放されることが可能だ。音楽が代わりに義務を履行してくれるからである。自分が喜ぶ代わりに、歓喜のメロディーを流すことで音楽が代わりに喜んでくれる。自分が思考する代わりに、理知的な旋律を流すことで音楽が代わりに思考してくれる。自分が行動する代わりに、積極的なメロディーを流すことで音楽が代わりに行動してくれる。しかも音楽は報酬を要求しない。
そのとき、人間は一個の明晰で硬い鏡になる。音楽の進行を映しながら、それを絶えず反射し続けて内部への侵入を許さない、一個の平和な鏡になる。感情や思考や行動に疲れたとき、人間は音楽にそれらの義務の履行を代理させることにより、一個の鏡として自足して慰めを得るのである。
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| nikki |
19〜20の頃の日記を読み返してみた。幼稚だが切実な言葉に満ちていた。確かに私は早熟だった。思想にキレがあった。希望と苦しみが不思議と錯綜して、そこから「すべき」という当為ばかりが強くむなしく射出されていた。
世界中のあらゆる悲しみをこの一身に集めてもいい。そう思った。そのことによってなぜか自分は救われると思った。
東口と西口を結ぶ地下通路を歩きながら、同じ通路を歩いている人の人間観察をした。かっちりした黒のコートをまとい、端正なマフラーを巻き、髪を上手にアレンジしている若い男性。この人は物事に対していつも少し優越した立場にいるんだろうな。苦労を知らないニヒリズム。問題があっても上手に回避して決して深くはコミットしない。そんな人格推論を何人かについて行って一人楽しんでいた。
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| nikki |
私はこれまでそれほど人に好かれてきた人間ではない。学校生活ではグレたり突っ張ったりして生きてきたから、人から理解されず疎んじられ嫌われることが多かった。だから、自分には人間としての魅力というものがこれっぽっちもないと思っていた。だが、今日ある方から「あなたを尊敬している」という趣旨のことを言われてとても嬉しかった。涙が出るほど。こんな魅力のかけらのない自分でも、そこに何らかの魅力を見出してくれている人がいる、そのことがとても嬉しかった。
俺の人生悲しいことばっかりだったなあ。もっと楽に生きたい。だが楽に生きられない自分がいる。たぶん物事に対して誠実すぎるのだ。そして、誠実であることが美しいことだと信じているのだ。美しく生きたいと考えている自分がいて、この思想は私の人生の中でぶれたことがない。どんなにひどく荒れているときでも、美学を持っていた。本物の不良には美学が必要だと思っていた。美しく生きたいという思想は決してナルシズムではないということが不思議だ。むしろストイシズムの味わいがする。
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| 恩師との会話 |
「はいNです。」 「2004年に科哲を卒業した(本名)ですけど。」 「ああ、はい。」 「なんというか最近、自分の人生をよく見れるようになって、大学時代先生に救われたと思って、その感謝を伝えたかったのです。」 「ああそうですか、それをきいてやっと肩の荷が下りたというか。あまり力になれなかった気がしたので。嬉しいです。あれですね、法科大学院は終わったのですか?」 「ええ、今年しほうしけんを受けます。」 「しほうしけんということは弁護士とか裁判官とかそういう実務に就くんですね。」 「それか博士課程とか。」 「博士課程と言うと研究者になっちゃいますね。最近は研究者に風当たり冷たいからなあ。」 「いえ、法学部は助手の仕事もあるし、大学院の先輩はみんな職につけています。T北大の教授は研究者を勧めるのです。そこで弁護士になるか研究者になるか迷っています。」 「まあ賭けじゃないですか。とにかく飛び込むしかない。人生なんてそんなもんですよ。なんて無責任なことを言ってますが。」 「僕は大学時代勉強したくても心が乱れて勉強できなかった。」 「ああ、確かに君は優秀なんだけれど優秀さが裏目に出ていたイメージがありましたね。」 「そのぶんろーすくーるで勉強ができて埋め合わせができたのです。公務員試験の勉強をやっているときは法律がつまらなかった。でも、正規の機関で勉強したら途端に法律が面白くなったのです。」 「なるほど。」 「僕は刑法ですけど、刑法の専門書を読んでるのがすごく楽しい。」 「まあ、ちゃんと前を向いて歩き出しているんですね。」 「僕が特に問題を起こさずにろーすくーるを卒業できたのも先生のおかげです。」 「そう言っていただけると嬉しいですね。」 「とにかく、その、感謝を伝えたかったのです。では。」 「はい、さよなら。」
私は電話を切ると、床に突っ伏して声を出さずに泣いた。いつまでも泣いていていいと思った。 私が大学時代、どうしようもなく荒れて、いろいろ問題を起こしていたころ、私の話を聞いてくれて私の人間への信頼を回復させてくれたのがこの恩師だった。
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| あらすじ |
・25歳の男。彼は数年来心を病んでいた。苦しむことに慣れてしまい、自分は不幸でもかまわないとあきらめていた。ただ、自分が好きな人たちが幸せでいれば、それを眺めているだけで自分は少しだけ救われる、それでいいと思っていた。彼の病は治癒する。そこで彼は職に就き、やりがいを見つけ、恋人を見つける。はからずしも幸福になってしまったのだった。だが、彼は幸福に対してどこかよそよそしさを感じていた。不幸に慣れていたため、幸福をじかに受け取ることができなかった。そこで彼の母親が重い病気であることが判明する。彼は悲しむが、その悲しみが幸せよりも自分にふさわしいことに気づいてしまった。自分はもはや不幸を愛していて完全には幸福になれないことに気づいてしまった。
・30歳の男。彼は頭がよく、大学の職に就いていた。同級会で初恋の人と再会する。彼女はまだ結婚をしていなかった。それで彼は彼女にアプローチして、デートを重ねる。だが、会うたびごとに、彼は彼女と住む世界が違うことに気づいていく。話題が全然合わないのだった。彼がいくら理路整然と話しても彼女はつまらなそうな顔をする。それよりも、芸能人がどうしたとか、同級生のうわさ話などを好んで話した。ところが彼はそういう話には興味がなかった。彼は昔自分が彼女のことを好きだったことすら疑わしく感じた。彼らの間に愛情はあったが、その愛情を育むツールがなかった。彼は気づく、ひょっとしたら自分の歩んだ道は間違いだったのではないだろうか。学問のことしか頭になく、学問を通じてしか人を愛せない人間になってしまった。自分に人を愛する資格などない。
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| ハイデガーとの親和 |
高田珠樹『ハイデガー』を読んでいて、最近自分が人生で悟ったことをハイデガーが代弁しているようで面白かった。
まず、最近自分の死というものをありのままの強度で引き受けることができるようになった。自分はmortalな存在であるという生々しい現実を受け入れることができるようになった。それを通じて、死に至るまでの自分の人生の在り方に思いをはせるようになった。これこそがハイデガーの言う「死へと先駆する覚悟性」であろう。
次に、最近「思い出」というものを発見した。それまで思い出というものは随時適宜に自然的に発生しては消えていくものだった。だが、最近は思い出を、人工でも自然でもない、いわば人間と自然とが互いに受動的にかかわるところで発生してしまうものとして、一つの対象として愛でるようになった。これこそがハイデガーの言う「既在性」であろう。
さて、そのように将来と既在性を経て現在を改めてとらえなおすようになった。現在というものが、ひとつの動的な歴史性の上に成り立つということが理解できた。これがハイデガーの言う「現在化」であろう。
また、最近、物事に気づくことを重視しているが、これは、日常的な意味連関の裂け目から本来的な世界の在り方を汲み取ってくるということにほかならない。気づきは本来的な世界とのかかわりから生じるのだと思う。
私はハイデガーの専門家ではないので、細部に間違いがあるかもしれないが、とにかくハイデガーの思想の説得力は、その根源的な倫理性にあるのだと思う。世界に対する根源的・基本的な態度をどのようにとったらよいのか、あるいはどのような態度を取らざるを得ないのか、そのような問いに対する答えがハイデガーの思想なのだろう。
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| nikki |
犬が心のない目で私を見上げている。私は犬の頭をなでながら、なぜか、「おまえも老いたな」と思った。いったい犬のどこが老いたのだろう。もう5歳になるが、1歳の頃と見た目も変わらないし、元気な跳ね回り具合も変わらない。どこも変わっていないはずなのだ。なぜ犬が老いたなどと思ったのだろう。そのときの光の具合か。それとも自分の老いが投影されたのか。ともに暮らした時間の長さから演繹したのか。
CDをプレーヤーにセットして、2曲目を選んだ。だが、2曲目が何という曲なのか分からなかった。ただ、そのCDをかつてよく聴いていたとき、いつも2曲目から聴いていたという記憶だけがあった。その記憶に基づいて反射的に2曲目を選曲してしまった。私はケースを確かめる。ああそうか、この曲だったか。
自分の人生を批評して楽しみ苦しみ喘ぐこと。
最近レトリックが面倒になってきている。人生を描くのに、世界を描くのに、それを詩の形式にするためにわざわざレトリックを使うのが面倒だ。
美しい思い出を作るためにも人と出会わなければいけない。私にとって美しかった思い出はたいてい人間関係の思い出だった。
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| 音楽の印象 |
ドヴォルザークの交響曲第5番を聴いていたら、私のあらゆる過去・現在・未来は音楽の過去・現在・未来に複雑に接合された。
私が過去に抱いたがそのまま感じただけで表現しなかったもの、喜びや悲しみなど、そして過去に抱いたがそれを押し殺したもの、愛や憎しみなど、それらは私の容器の底部に沈澱している。それらが、音楽によって暴かれたのである。
過去の感情の質料が音楽と同化して流露する、暴きの地平、表現の地平、歴史の地平へと。だが形相は依然私の中に残り続けるのだ。救いとは、質料を形相から解き放つことではないのか。質料を、完全な流転の地平、音楽の地平へと全的に同化させ、暴き表現することではないのか。そして、救いとは、形相を質料から解き放つことではないのか。形相を、完全に無時間的で超越的な地平へと昇華させることではないのか。
過去の感情だけではない、現在の感情、未来の感情もまた、形相と質料が分離させられることで二重に救われていった。質料は音楽として流れていった。形相は一層純化し、質料によって阻まれていた私の理知との融合を完全に遂行していった。私は救われた。
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