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sk

Author:sk
28歳。男。たまに詩を書いたりもする(筆名「広田修」)。哲学が好き。
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Albatros BLOG
日々の雑記。現代詩の話や哲学の話。文学や音楽、美術、芸術一般の話。ただただ書き捨てていくだけ。
nikki
 久しぶりにチェックしたら原稿がいくつかあがっていた。やばい、俺も書かなきゃ。だが論点をひとつ削らないといけないだろうな。時間がない。最悪でも今月末までには。すでに22枚くらいは書き上げているのだが。

 ブログを書くのは多少孤独を癒してくれるのだろうか? 「孤独を癒すためにブログを書く」という人は聞いたことがない。そのくらい、孤独を癒す力は弱い。だが、誰かに読まれていることで多少は温かいつながりを感じるものである。
ぜんそく
 土曜日に5コマ連続の集中講義を受け、そのあと実家に帰り、日曜日の昼にこちらに戻り美術館に展示を見に行った。その疲れた状況で、夜は12時半にひさびさの早期覚醒。そして久しぶりにセーターを着て出かけたのだが、このセーターのハウスダストのせいで昼ごろ喘息の発作が起きた。

 せっかく心理的な不調が回復してきたのに、何でこう不運が続くか。いやになるね。健康ってすばらしい。僕にも健康をください。しかも、これから医者に行くのはいいが、お金がなくて薬が買えるかどうか。奨学金が入る前日で厳しいんだよね。

 ネガティブですみません。僕は他人に元気を与えるだけの余裕がない。
nikki
 コンビニに行くと、たまにおばあさんが店員と会話している風景に出くわす。おばあさんはさも楽しげに話すのだが、店員はやや距離を置いてそれに合わせてあげているという感じである。ああ、このおばあさんも孤独なのだな、と私は思う。話し相手がいないのだな、と。

 自分の会計を済ませて外に出ると、少し離れたところにさっきのおばあさんが、重そうな買い物袋を両手に提げて、少し腰を曲げながらよたよた歩いている。私はおばあさんに対してとても優しい視線を送った。私もまた孤独だからだ。私は久しぶりに人に優しい気持ちになれた。
離れる
 「院生の天窓」というブログが閉鎖してしまった。哲学関連書籍の情報をそこから入手していたので残念である。思えば私は、過去に哲学をやっていた者としてのアイデンティティを確かめるために、そしてそのアイデンティティを失わないために、そのブログを見ていたのかもしれない。私は決して望んで法律をはじめたわけではなく、本命は恥ずかしながら哲学だったので、ブログ管理人の方がうらやましくもあった。

 こうやって、過去にまつわるものは一つ一つ消えてゆく。そして現在にまつわるものが一つ一つ増えていく。見たまえ、この法律書の山を! 私はもはや刑法研究者になろうと決意してしまった。だが消したい過去もある。消したい過去は消えずに、消したくない過去が消えてゆく。

 私は法律学の根底を見据えて研究がしたい。概念の明確化や、法理の背後にある原理を抉り出すこと。その際、積極的に哲学を援用していくことになるだろう。もっとも、はじめは法律学者としての基礎をしっかり身につけて、学会から認められなければならないが。でも、最終的には刑法学者の枠を超えたい。

 もともと私の創作活動はコンピュータープログラミングから始まった。活動のフィールドはその後現代詩に移行し、今度は学問の領域に移行しようとしている。常に創造の主体でありたい。頭を使っていたい。
nikki
 ワーグナーの俗物根性が気に入らぬわけだが(ニーチェもそんなこと言ってなかったっけ?よく知らないけど)、それでも「トリスタンとイゾルデ」は面白く聴いている。いわば「人声コンチェルト」である。ピアノコンチェルトやヴァイオリンコンチェルトがあるように、人声コンチェルトがあってもよろしい。

 歌曲というものがいまひとつ好きになれなかったのだが、協奏曲だと思うと、とたんに聴いていて楽しくなった。認識の仕方を一つ一つ学ぶことで、認識の楽しみは増していくのである。批評行為は「一粒で二度おいしい」行為だ。まず漠然と楽しみ、次に構成して楽しむ。ひとつの作品は、鑑賞の楽しみだけではなく、批評の楽しみも生み出す。

 なんとなく卑屈になって、mixiのダメ人間系のコミュを眺めていたら、自分はそんなにダメ人間じゃないということに気付いた。といっても、それらのコミュの人間を見下しているわけではない。むしろ、私はダメ人間じゃなくて残念だった。例えば「劣等生」コミュをのぞいたら、自分は全然劣等生ではなかった。それがとても残念なのである。せっかく居場所を見つけたつもりだったのに、そこに入り込む資格を得るためにはもっと苦しまなければいけなかったのである。
日記
 やる気が出ないので公園に行く。ベンチに座って雲を眺めていると、「このまま日が暮れてしまうのではないか」と本気で思った。クリシェで言うのではなく、本当に日が暮れるまで雲を眺めていそうな堕落ぶりだったのだ。

 私は「これはまずい」と真剣に思い、体を動かそうとするが、どうも動かない。そのとき私は本物の「空虚」を実感した。つまり、動因がまったく湧いてこないのである。体の中が空っぽで、何のうごめきもない。そうか、これが空虚なんだ、と妙に納得した。「動かない」のには二種類ある。動因はあるのに何物かによって動きを妨げられている場合と、そもそも動因がなく空虚な場合である。

日記
 日本人の約9割が自分は幸せだと思っていて、残りの1割が不幸だと思っているらしい。まああれだね、そういう幸せな連中が軽々しく他人を傷つけたりするんだろうね。調子に乗って。もちろん傷つけたりしない人もいっぱいいるわけだけれど。善良で幸福な一般大衆ほど怖いものはありませんよ。こんなことを言うと嫌われそうだけど。私はそういう方々の隠された悪意の被害に遭ったことが何度かある。自分が調子のいいときほど、謙虚に、他人には優しくしなければならない。不幸で痛みを知っている人ほど、謙虚で他人を大事にすると思う。ちなみに私は自分が幸せだとも不幸せだとも思っていないが、いつでも困っている人の味方でいたいなあ。弁護士になるかどうかは分からないけど、弁護士に向いてるのかもしれない。でも気付かないところで私も人を傷つけているのかもしれない。調子に乗らないようにしなければ。
3周年
 明日でこのブログは3周年を迎える。このブログを始めたころは、まだ公務員試験にも大学院にも受かっていず、日々全然興味の持てない法律の勉強をしていた。その頃は現代詩を始めてそれほど経っていないころだが、現代詩手帖にけっこう順調に作品が入選していた。美術や音楽の楽しさがそれほど分かっていないころだった。詩についての洞察もだいぶ浅かったし、知識もなかった。ブログ記事も、私の評価基準からすると、つまらないものが多かった。

 それから公務員試験合格、大学院合格、大学院入学、進級を経て今に至る。何よりも変わったのは、大学院受験を経ることにより法律を学ぶことの意義を知り、大学院で学ぶことにより法律学の面白さを知ったことである。その間、一時休止したものの、詩の投稿を続け、自分の詩のレパートリーはだいぶ増えた。いろんな詩人を知った。批評を読んだ、書いた。多くの方のご協力により、同人誌を立ち上げることもできた。大学院に入ってからは、音楽や美術なしでは生きられないほどになっていった。ブログ記事も、少しずつ、中身のあることが書けるようになっていったと思う。

 読んでくださっている方々にはひたすら感謝です。今後ともよろしくお願いします。
nikki
 何だろう、ここのところ創造性に欠ける気がする。頭の働きが一定のレベルを超えていかない。供給されるエネルギーがどこかで頭打ちになって、いつもの量まで充分に供給されない。数日前に一度、喘息気味になって夜中の一時半に目を覚ましたのだが、それから毎日一時半ごろに一度目が覚めてしまうので、きっとそれが原因だろう。やばいなあ、不眠症になったらどうしよう。睡眠薬って飲んだことがないのだが、飲むことになるのだろうか。季節の変わり目でやたらと洟やくしゃみが出る。そっちの方が原因かもしれない。
nikki
 ハードボイルドっていいなあ。つくづく。mixiの「ハードボイルドに生きよう」コミュを見たら、

共通するのは社会からはみ出した主人公が
ときには傷つき、ときには大損し
ときには見下され、ときには踏みにじられ
それでも自分の哲学を貫き通し
生き延びているところ(死んじゃう人もいるけれど)。

落ちぶれていてもいい。格好悪くてもいい。
セリフやファッションなんか関係ない。
それよりも何が起きても動じない
図太さを持って生きている。

こんなことが書いてあって、「あ、これ、俺のこと言ってる!」と思ってしまった。ハードボイルドに「生きよう」ではなくて、ハードボイルドに「生きざるを得ない」人間というのがいるんですよね。そういう仲間が欲しくなった。

 パガニーニを聴いて、ヴァイオリンに対するイメージがガラッと変わった。ヴァイオリンって平凡で目立たない楽器だと思っていたのだが、実際はすごい表現力がある。ヴァイオリンの表現力はピアノに匹敵する。ヴァイオリン協奏曲は、ピアノ協奏曲と、音楽的に同じ権利を持っているのである。