現代詩文庫「天沢退二郎詩集」を読んでいる。天沢は初期の詩の方がが抜群に良い。詩集「道道」と、詩集「朝の河」の前半の頃がよい。それ以降になると、語の絡め方に無理が出始め、隠喩がことごとく失敗し始める。下手にレトリックを使わず、初めの頃の詩風を保っていたほうが絶対良かったと思う。
こうしてはからずもはじまったぼくたちの旅をぼくは引き剥がしそれを鞭にして制服の市街の地平線を叩こう −−「夜の旅」より
この手の詩行にはうんざりする。へたくそとしか言いようがない。語やイメージを通常の用法から引き離すというのは詩において重要なレトリックだが、それも度が過ぎると失敗する。天沢の後期の作品はほとんどが失敗例だ。
だが初期の作品はたいへん優れている。「道道」の頃の作品では、天沢の詩人としての感性が遺憾なく発揮されている。
遠い空のヘリではかすかに 高くハモンドオルガンが鳴る −−「ぼくの春」より
谷川俊太郎に似ていて、あまり隠喩などを使わない素直で平明な作品が多いのだが、読者を考え込ませ解釈の楽しみにいざなうような深さがある。 また、どことなく感傷的な、それでいて全然いやみのない随想が描かれている作品もある。
あのほんとうの僕の棲処から何故僕は いつのまにか逐われてしまったのか −−「座」より
「朝の河」の前半は天沢の絶頂期だったのではないだろうか。私は特に「RE'VOLUTION」に感銘を受けた。(「E'」はウ・アクサン・テーギュ)
紙屑の走る街角でいざりの老人は とつぜんに理解する 港市が永遠に彼の呪文を脱れたことを −−「RE'VOLUTION」より
全文を引用しても良いのだが、打ち込むのに疲れるのでハイライトの部分だけを抜書きした。緊迫感のみなぎる描写のなかで、「男」「女理容師」は真理を理解する。そのことにより、老人の呪文は解かれてしまうのだ。人が迷妄から逃れ真実に達する時の緊張や興奮をうまく描き出している。この詩篇はいちおしなので、「天沢退二郎詩集」を読むことがあったら注目して読んでみてください。 テーマ:詩・和歌(短歌・俳句・川柳)など - ジャンル:学問・文化・芸術
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