蜘蛛は網張る私は私を肯定する
山頭火の作品には、一つの句の中に二つの事象が描かれているものが多い。前回取り上げた作品では、その二つの事象の間の関係が希薄であり、二つの事象は、ただ作者をめぐる世界に同時に生起したにすぎなかった。だが今回は少し事情が異なる。
「蜘蛛が網を張ること」と「私が私を肯定すること」の間には、何らかの関係がありそうである。思いつくのは、(1)類似の関係と(2)対立の関係である。
(1)類似の関係 蜘蛛にとって網を張ることは、自分が捕食者であることを確かめ肯定することである。蜘蛛は捕食者であるから、網を張ることは捕食者である自己を肯定することになる。
(2)対立の関係 蜘蛛が網を張ることは、網という、外的で操作の及ばないものに自己の存命を託すことである。網に頼るということは、自律した自己というものの否定である。
文学的才能のある人ならばもっと精妙な関係を見出せるのだろうが、私の単純な頭脳ではとりあえずこんなものを思いついた。だが、問題はなんらかの関係があるということであり、関係の内容自体は問題ではない。
二つの事象があって、その間に関係があるとき、(1)関係の種類と(2)関係の強度が問題になる。関係の種類は不連続で質的であるが、関係の強度は連続的で量的である。例えば因果関係を考えると、「雨が上がった」ことと「気分がよくなった」ことの間に因果関係を見出すのは容易(関係が強い)だが、「風が吹く」ことと「桶屋が儲かる」ことの間に因果関係を見出すのは難しい(関係が弱い)。
テーマ:詩・和歌(短歌・俳句・川柳)など - ジャンル:学問・文化・芸術
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