有名な「4分33秒」は、観客自身が発する音、ホールの内外から聞こえる音などに聴衆の意識を向けさせる意図があり、偶然性の音楽というケージの実践・思想全体の中に位置づけて初めて意味を持つものであるが(ウィキペディア)
所詮ケージは「音がなければならない」という強迫観念から逃れることはできなかったのだろうか。私だったら完全に無音の「4分33秒」を作曲してみたい。作曲というよりは、防音室などの環境設定になるだろうが。だいたい視覚だけで十分うるさいのである。せめて聴覚くらいは完全に無にしてもよろしいのではないかと。
さらに視覚すらも消す。闇を作るのだ。そして無重力空間を作り出し、触覚も消す。とにかく感覚に受容されるものを極力少なくする。そして私はこう言うのだ。「これもひとつの芸術作品です」と。「無」という作品である。
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メンデルスゾーンの交響曲第4番第3楽章を聴き終わった後の静寂がたとえようもなく美しかった。静寂はそれまでに鳴っていた音楽をすべて吸収する。おそらくこの吸収に私は快楽を感じたのだと思う。きれいに汚れが落とされたみたいな感じである。汚れとまではいかなくとも、お絵描きソフトで適当な絵を描いた後にそれを完全消去するときのような感じ。
刺激がなくなることは心地よいのである。それは休息の始まりだからである。
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