鬼束ちひろは平滑な球面上にいて、あらゆる方向に滑り落ちそうになりながら、歌という摩擦によって辛うじて一番高い地点にとどまっている。声は高い方にも低いほうにも外れようとうごめきはじめるのだが、それを正しく美しい音程にとどめまっすぐに貫き通そうという意識の集中が人よりも強い。彼女自体明確に認識できていないとてつもなく透き通った何物かに対する誠実さと敬虔さ。
彼女が人生において辛酸をなめたことがあるのなら、彼女の歌詞は、その苦痛を、遠まわしにまたメタフォリカルに翻案することによって、彼女を慰めている。苦痛の表白とは敵を可視化することであり、また援助の期待を甘受することだからである。彼女が辛酸をなめたことがないのなら、彼女の歌詞は、自ら作り出す心地よい痛みであり、程度の弱い自傷である。だがこの二分法は恐らく妥当しない。彼女の中においては上記の二つの契機が同居しており、混合しており、もはやそれらはまったく同じ形と色をしている。
こうして僕はまた切り取られていく。鬼束は僕からこれらの言葉を奪い去り、これらの認識を浮動させた。彼女の言葉と旋律は僕の精神の内容を適切にえぐりとっていく。
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